移住体験談

ぶどう農家の小夫さんと小川さん

農業を、この地東御で。

農業を営むため、都心から移住してきた小夫 眞(おぶ まこと)さんと小川 二巨(おがわ ふたみ)さん。
サラリーマン生活を経て、現在、お二人はぶどう農園の園主さんです。
そんなお二人に、小夫さんのぶどう農園でお話を聞きました。

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左:小川さん 右:小夫さん

 

移住したきっかけ、そして東御市を選んだ理由は。

小夫さんDSC_3616

出身は栃木県ですが、永らく横浜で技術者として働いていました。
しかし、定年にとらわれないで自分の限界まで働きたいという思いから農業を始めました。妻も同じ想いでした。

横浜でサラリーマン向けの農業講座で二年間野菜づくりを学びました。
作目も色々とありますが、重いものだと年をとってしまえば作業が大変になる。そこで果樹のなかでもぶどうに目をつけました。
色々と就農先を探している中で、農業の雑誌を見て、移住者の農業制度が整っている当時の東部町(現・東御市)に興味を持ち、移住しました。
研修制度や農地の仲介を行政がやってくれるんですよね。また里親制度といって、こちらの農家さんに弟子入りする制度もありました。

小川さん

出身は東京なのですが、3歳から高校3年生までは長野県にいました。その後東京に出て、プログラミングの仕事をしていました。
40歳まで東京で働いていましたが、定年退職のない農業に魅力を感じました。そして、東京で開かれた農業関係のフェアなどに参加し、ぶどう栽培に興味を持ちました。
ぶどう栽培ということで岡山県なども検討したのですが、環境の良い東御市の移住を決断し、移住しました。

新規就農に対する補助金でもっと条件がいいところもありました。
でも、補助金より環境が大事だと思います。東御市は環境がいいから、美味しいぶどうが育つんです。

サラリーマン時代の貯金を崩しながら、こちらで研修を受けつつ就農者向けの住宅に住んでいました。
いまは自分の農園を持っており、ナガノパープルやシャインマスカットなどを栽培しています。

地域の方との関わりはいかがですか。

小夫さん

ぶどうをはじめ農業生産者や関係者の方を中心に、多くの地域の人と親密になることができました。また、自ら出歩き、地域の人と話をするよう心がけました。
今でも地域の人と直接お話することで、多くの情報を得ることができています。どの人も面倒見がいいんですよね。

小川さんDSC_3621

移住した当初は、地域の人々と溶け込めるか不安でしたが、あたたかい地域の皆さんに恵まれ、すぐに溶け込むことができました。
また、農業をやっていると野菜をわけたりわけてもらったりと、地域での物々交換ができるんですよね。
そのことをきっかけに、農業は人と人をつなぐ関係を創り出すものだと改めて感じました。

ある日、農園で作業をしていたところ使ってきた機材から水漏れをしていたんです。それに気付かないまま作業をしていたら、となりの人が飛んできてくれて教えてくれました。
東京だとそういうことってなかなかできないですけれど、こちらだと自然にできると思います。

また地元の農協の方にもお世話になっています。
最近だと、農協に対して色々言う人がいますが僕はとても感謝しています。ぶどう栽培はその季節によって様々な作業が必要なんですが、そのたびに講習会を開いてくれるんですね。丁寧な資料つきで。
また実際に農園に来て、色々指導もしてくれます。ありがたいですね。

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取材中も別の農家さんからネクタリンの差し入れが!

移住して大変だったことは。

小夫さん

住宅を探すのには若干苦労しました。土地はたくさんあるのに物件が少ないんです。

でも、家探しには裏ワザがあるんですよ。歩いてみて気に入った場所のメインの通りにマンホールがあったらそのあたりは宅地にできる可能性が高いですね。マンホールがあるところには下水道があるので。一番のポイントは水なんです。

小川さん

家探しの話で言うと、僕はここに住んでみたいな~っていう場所が決まってから、その周辺を歩いてそこにいる人たちに話を聞きました。「ここらへんに住みたいんですけれど、土地ありませんか?」って。お家にまで訪ねたこともありますよ(笑)それで土地を見つけて、今住んでいる家を建てました。

大変なことは、僕の住んでいる田沢地区ではイベントがすごく多いんです。
その分、地区役員の仕事も増えて、最初は正直面倒くさいなと思ってしまいました。
ただ、慣れれば気にならなくなりましたね。地域の人たちとの繋がりも生まれますし、今はそれを楽しむことができています。

東御市がこれからもっとこうなったらいいなと思うことはありますか?

小夫さん

東御市は景観がいいんです。観光客を増やせるというのはもちろん、農業も景観のひとつですから価値があります。
人の手を加えることでより心良いと思える環境にしていきたいですね。たとえば手付かずの雑木林を手入れして公園にしてみるのはどうでしょうか。

最近では古民家に関するプロジェクトも立ち上げています。廃屋も手つかずだったらそのままですが、綺麗にすれば立派な観光施設になりますしね。

小川さん

もっと農家が優遇されたらいいなと思いますね。専業農家をしながら子どもをもつというのは楽ではありません。新規就農のために移住してきた人の中でも子どもがいない人はいます。
子どもがいながらでも生活していけるような支援があったらいいと思います。
農業をするということは本当にお金がかかりますから。でも、こちらに来てからはお金を使わなくなりました。
東京にいた頃は、高級な服などを銀座で買ったりしていましたけれど、今はこちらのスーパーの値下げされた服で十分です(笑)

移住を検討されている方へメッセージをお願いします。

小夫さん

自分が思ったことを実行できないことはありません。諦めないでやっていけば道は拓けるものだと思っています。東御市はなにしろ気候風土が良く環境がいいですし、面倒見の良い人もいますからね。
助けてくれる人を見つけることが大切だと思います。

小川さん

移住して農業を始めるのは大変なこともありますが、続ければ楽しくなってくるものです。
対人関係でストレスがたまらないので精神的に豊かな気持ちになれますし、生活の知恵が身につくところだと思いますね。

是非、農業にチャレンジしてほしいと思います。


DSC_3666小夫 眞さん 栃木県出身 2001年に移住
小川 二巨さん 東京都出身 2008年に移住

移住前のお仕事:サラリーマン
移住後のお仕事:ぶどう農家

インタビュー年月 2016年8月


DSC_3628※このインタビュー記事は、長野県短期大学からのインターンシップ生の井出七夕さんと春原萌香さんが取材&執筆してくれました。
東御市出身のふたりも改めて東御市の素晴らしさを感じていたようでした。

 

 

週一組の宿を営む小池さん

なにもないよさ

北御牧地域・御牧原にたつ、週一組限定の小さな宿「御牧原てらす」。静かな台地に穏やかに姿を見せる、田園に囲まれた静かな宿です。
週一組にした理由は、自分たちもここでの生活を楽しみたい、というところから。

オーナーは東京都から移住された小池淳さん・道子さん夫婦です。

東御市を選んだ理由は?

宿泊業をしながら、田舎暮らしをしたいと考えていました。
色々土地を探している中で、ふるさとネットワークの見学会で、この場所と出会いました。
ここに降り立ったとたん、景色と風に魅了されてしまったんです。

ここを決めた理由は、マイナーだったことこともあります。東御市って、誰も知らないじゃないですか(笑)
知られてないからこそ自慢ができる。こんなところで、こんなことをやってるの!?と言われたいんです。

東御市はどんなところだと感じますか。

先入観ですけれど、東京から来たので「よそ者扱い」されたらどうしようと、少し心配していました。
宿のチラシを配りながら、近所の皆さんに挨拶にいったんですが、みなさんウェルカムで、「ようこそきてくださいました」「心配事があったら相談してね、応援団よ」とおっしゃってくださいます。
お野菜もわけてもらったり。そして、そのお野菜が美味しい!
特産のスイートコーン、ブロッコリー、白土馬鈴薯。塩茹でしただけで美味しいんですよね。

あと、意外にひとがいるんですよね(笑)夜はもちろんまっくらですけれど。
でも歩いてみると、家々が建っていて。田んぼも畑も山も人もいる。不思議な土地だなぁと感じます。

近所づきあいの面からいうと、皆さんほどよい距離感を持っていると感じます。自分の生活を大切にしているからではないでしょうか。
会ったら、親切に接してくれる。薪ストーブの話をしていたら、自然と薪の心配もしてくれる。
せっかく場所が良くても、人間関係で疲れてしまったらもったいないですもんね。そういった心配はここではありません。

とうみに来てからの暮らしの様子はいかがですか?

私たちがここに昔から住んでいないから言えることだと思いますが、毎日見る景色が本当に新鮮です。ここに来て良かったなと感じます。
虹がはじからはじまでかかるなんて、見たこともありませんでした。東京じゃ絶対見れません。
この地に一目ぼれした目は間違っていなかったなと思います。

もう少しこうなればいいということはありますか?

若い人がもうちょっと来て欲しいな~と思います。
あと、御牧原は少し、小中学校が遠いので子どもが集まれる場所がないなと感じています。
子どもたちが集まり、出会える場所があったらいいのではないでしょうか。

あと。田んぼや畑を続けてくれる人が良いなと思います。田んぼを含めての風景なんですよね。
自然を残しながら活気づいていってほしい。
そのためには、ここに住んでいる子どもたちがここの良さを感じて欲しいですね。

今後はどのような生活をしたいと考えていますか。

この周辺のお散歩マップを作りたいと考えています。歩くと大自然のパノラマをいろんな見え方で感じることができます。観光地よりも贅沢だと思います。
そんな場所のお散歩マップを作ることで、ここの魅力を発信していきたいと考えています。

ここはなにもないんです。でもそれが魅力。「なにもないツアー」なんていうの面白いんじゃないでしょうか。

ここに来たのは、ゴールじゃなくてスタートだと考えています。
地域に貢献したい気持ちがあるので、地域と地域に住んでいるひとたちと一緒になって高まっていきたいです。
宿のクオリティを高めていくのはもちろんです。ここでしかないものを作りたいと思っています。

東御市は新しいことができる場所で、わくわく感・期待感をたくさんもっている地域だと感じます。その中で私たちが何をできるのか、考えていきたいと思います。

移住を考えている方へひとこと。

その人がどういう想いで、何を求めてくるかということは重要だと思います。
わたしたちはここの景色と、風を求めてやってきました。
お客様がくるときに、お花を取ってきて生けるんです。そんなときに季節が変わるごとに、次々と違う花が咲くことに気付くことができます。
自然と人とが一帯となって生活できるのが、ここ東御市だと思います。


DSC_1451小池 淳さん・道子さん
東京都から2015年に移住
移住前のお仕事:教員
移住後のお仕事:宿泊業

御牧原てらす
東御市御牧原2702-1 電話:0268-71-5426

インタビュー年月 2015年11月

専業農家の宮野さん

東京にいたときよりも、自分らしくいられる

仕事をきっかけに移住して、東御で出会って結婚したお二人、宮野雄介さん・智亜紀さん。
現在雄介さんは専業農家として独立し、野菜の生産・販売を手がけています。

笑顔がステキなお二人が、4人のお子さんとくらす東御での生活を語ってくれました。

移住したきっかけを教えてください。

雄介さん

神奈川県出身なのですが、私が農業高校に通っていたころ、玉村豊男さんが東御市(当時は東部町)で農業を始めたころでした。
いったん就職したんですが、玉村さんが農園管理をしている人を探しているということを親戚の縁を通じて知り、20歳のときにふとんだけ持ってきました。玉村さんの奥さんに「ふとんはあるのよ」って言われましたけど(笑)
私の親も長野県が好きだったので、遠くに行ってしまうとかそういう感覚はありませんでした。

智亜紀さん

私の地元は東京です。調理師専門学校を卒業後、都内の料理店に勤めていました。
しかし夜型の生活に疑問を持ち始めたこと、また調理師なのに野菜の育つ姿を知らなかったというモヤモヤもあり、自然環境があるところに興味を持ち始めました。
窮屈感を味わうと、自分はこうしたいんだ、という気付くきっかけになるんですよね。
いったんは軽井沢で仕事をしていたんですが、働きたいと思う職場が東御市にあるのを見つけて、この地にやってきました。
そしてその職場で出会ったのがきっかけで結婚しました。

地域の人とのかかわりはいかがですか?

雄介さん

地域の会合などに出たり、地元の草刈などに行くうちに、地元の方々とお知り合いになることができました。
29歳で独立する際に農地の相談をしにいったら、空いてる畑などを貸してもらうこともできました。

東御市には立派な弓道場があって、兼ねてから憧れていた弓道をやり始めたのですが、そこで知り合った人に誘われて、消防団音楽隊に入りました。その人のツテで、住まいを見つけることもできました。ちょっと外に出ることでつながりを広げられたように思います。

地域の皆さんには本当にお世話になっています。何かお世話になったときに、返さなきゃ!と思うんですけど、実際返せないんですよね。
そんなとき、地域の皆さんからは「俺じゃなくて、俺の息子に返せ!」といわれます(笑)出世返しってこういうことをいうのかもしれませんね。

智亜紀さん

来たころは、仕事だけだったのでなかなか地域と関わることはできませんでした。
ただ、結婚したことで生活の拠点ができ地域の人との交流が始まり、子供が生まれたことで地域のおばちゃんが話しかけてくれるようになりました。

東御市はどんなところだと思いますか?

雄介さん

南斜面で日当たりがよくていい場所だなあと感じますね。
上田市のベッドタウンとしての印象もあるので、新しい人も入ってきますよね。閉鎖的じゃなくて開放的だと思います。
市内や近隣にも商業施設があって、車さえあれば困ることはありません。

今でも星空に感動します。ありすぎて何座かわかりません(笑)

あと、長野って言うわりには雪はほとんどないです、このあたりは。いわゆる「大雪」っていうことは、心配しなくていいです。除雪車もきますしね。

子育て環境はいかがですか?

智亜紀さん

今、4人のこどもがいます。長女、長男。次男・三男は双子です。全員が保育園に入っているのですが、保育料が2人目は半額、3、4人目が無料というところがありがたいです。12334417_786604128153156_1240057813_o 12318029_786604804819755_2095557206_o

里山体験のイベントや、子育てに関する講演会などがありきちんとした情報を得ることができます。
市の子育て支援の方向性が自然保育に重要性を置きながら様々考えてくれているので、信頼しています。

気になるのは、小学校まで近いのですが、中学校が遠いところ。
自転車通学の子もいれば、親御さんが送り迎えをしているところもあるようです。
あと、子どもは帰ってきて近くに遊びに行くところがないんですよね。大人の社会は車があれば動けますけど。
子ども向けのイベントもたくさんあるんですけど、親が連れて行く必要がありますね。

雄介さんは農業をやられていますよね。

雄介さん

こちらに来たばかりの頃は、農園の管理を任されながら野菜や花の栽培を学んでいました。
29歳のときに、専業農家として独立をしました。
西洋野菜などをはじめ、HPや知人の紹介などの繋がりからレストラン、個人のお客様へ野菜の発送、JAや地元直売所へ出荷しています。また新規就農を希望するひとの里親としても、野菜栽培の指導をしています。
子供たちの「自然体験学習指導者」としての資格を活かし、農業体験を通じて野菜に興味を持ってもらえる様な体験と、農業の楽しさも伝えています。

独立したての頃は、長野の冬のことをわかっていなかったですね。
農業だけだと、冬の間の収入がなくなってしまう。応援してくれる人がいないと農業で生計を立てるのは本当に大変だと思います。

雄介さんは移住されてきて17年、智亜紀さんは10年移住されてきて少し立ちますが、今どのような心境ですか?

雄介さん

東御という場所は自分たちだけが頑張ろうというんじゃなくて、これからみんなで一緒に頑張ろう!とやりたいひとが集まっています。
まち全体で盛り上げていきたいと考えている人がゆるやかにつながっている気がします。

僕はワイン用ぶどうを栽培していて、妻は料理人。持っている技術を生かして、私たちもそのような流れに今後関わっていきたいです。
ワイン産業が盛り上がっているのもいいところ。都会に発信するにもいいですよね。ワインがあるのでおいしいものがある。新しい人たちが参入してくる余地があると思います。

智亜紀さん

東京にいたときよりも、自分らしくいられていると思います。10年たってみて今が一番充実していると思います。

さまざまな場面で繋がりができ、知ってもらえ、自分の居場所ができたからだと思います。
今は子育ても本当に大切にしたい中で、自分を活かせるライフワークを模索中ですが、今出会えている先輩方や友人に刺激を受けながら、また自分の人生の選択をしていきたいです。


12325558_786603894819846_671539910_o宮野雄介さん・智亜紀さん
雄介さん:平成10年に移住(出身:神奈川)
智亜紀さん:平成17年に移住(出身:東京)
お子さん4人(長女・長男・次男・三男)

AGRONAUME アグロノーム http://www.agronaume.com/

インタビュー年月 2015年12月

陶芸家の角さん

人がいい、気候がいい、食べ物が良い。

東御市八重原にはかつて作家・水上勉氏が晩年を過ごし、執筆活動や創作活動を行っていた工房・勘六山房があります。
そこには、勘六山の土を使って器を作り続ける陶芸家、角 りわ子さんが工房を構えています。

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東御市にいらっしゃったきっかけを教えてください。

もともとは美術の仕事に関わりたくて、大学では美術史や芸術論を勉強していたんですがやっぱり面白くなくて(笑)
職人なら努力してなれるんじゃないかと思って、陶芸を始めました。
4年、京都の清水の窯元で働いたあと、タイに1年滞在して現地で技術指導を行っていました。

帰国後、アルバイトしていた京都のバーに水上勉先生がいらっしゃったのが一番のきっかけでした。
先生は当時の北御牧村の八重原・勘六山に別荘を構えていらっしゃいました。
先生はそのころ、タイに関する作品を書いていいらっしゃっていて、タイに詳しい人を探していました。
かつ、勘六山に構えた窯の窯守も探していたんです。そこで私がちょうど条件に合致したというわけです。

京都って陶芸のための材料がとれないんですよね。タイでは山にある土や灰などを使って作品を作るんですけど、やっぱりそういうことをやりたいなあと思っていました。

水上先生に進められて、この勘六山の山土を掘り出してみたら、これが面白くて。
93年に当時の北御牧村に来ました。

地域の人とのかかわりはどんな様子ですか?

来たころを思い出すと、水上先生がいたから、この土地には入りやすかったと思います。
私も、元が田舎の出身だから、そのへんの流儀は分かっている様な気がします。

この八重原地区は、地元のひとたちがいい意味で結束していないので、人に対して排他的じゃないと感じます。
結構移住してきてるひともいますし。
外から来た人たちのコミュニティもうっすらあって、新しく来た人を気にかけたりする文化もあります。
誰に対してもウェルカムな土地だと思います。その面からも本当にきてよかったと感じます。

そして、地元のひとがいい。
そんな人と、地域のお風呂や地域のイベントと出会うって面白いなあって思います。

東御市はどんなところだと感じますか?

なんせ、人がいい、気候がいい、食べ物がいい。
本当に八重原は素敵な場所なので、たくさんの人に来て欲しいです。
ここは台地だから、せいせいしてる印象です。フランスのプロヴァンス地方みたいって表現する人もいますよ。
空気も乾燥しているから、お布団がじめじめしませんよね。寒いけれど、湿度が低いのであまり感じない。京都の冬のほうがきついと思います。

あと、都心からのアクセスがいいですよね。交通の便がすごいいい。新幹線の駅も近いし、高速のインターもあるし、2時間で練馬にもつく。
月1回、銀座で陶芸の教室をやっているんですが、家からでてジャスト2時間につきますし。
都会を往復する暮らしができるっていうのはここならではの魅力じゃないかなと思います。
都市生活者のひとって、やっぱり東京に帰りたいこともあると思います。そういう生活が東御市ではできます。

災害が少ないのがこのへんは雷ぐらいですよね。地盤がとってもいいし、台風も来ないし。
ただ、住むところが少ないのがネックだなあと思います。

移住を考えている方へひとこと。

人間って、行くべき道に行く気がします。これ以上これ以下っていうのがないと思います。
私はこの土に出会って、今やれていることがとても幸せだと思っています。

水が流れるがごとく、道は開いていく気がします。
自分の正しい目的のために、起こることに誠実に対応していけば、自ずと道がひらくと思います。

自分の直感を信じて欲しい。ここに来て、ここに住みたい、ここに住むビジョンが見えれば来て問題なんじゃないかと思いますよ。
頭で考えるとしくじる場合もあるかもしれません。縁に対しての直感ってすごく大事だと思います。
縁が来ているということに気がつくことも大事ですよね。


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角 りわ子さん
鳥取県出身 陶芸家
1993年に移住

インタビュー年月 2015年11月

写真家・デザイナーの村上さん

 どこに住んでも、どこに生きてもいい

東京から移住してきた村上さんご夫妻。
ご自身のスキルを生かしながら、東御市での生活を送っています。
地域団体での活動もアクティブに行っているお二人に、コワーキングスペース「ebeya」でお話を聞きました。

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移住のきっかけを教えてください。

圭一さん

出身は大阪です。東京で出版社に勤めていて、雑誌の編集や、写真の撮影を行っていました。
移住してからも、以前の仕事をベースとして続けているほか、古本屋に入れる本を選ぶ仕事や、東御市内のNPO「ひと・生きもの・くらし研究所」を手伝っています。

東日本大震災をきっかけに、空き家になっていた妻の祖父母の家がある東御市に移住することを決め、2011年の11月にこちらへ引っ越してきました。

かおりさん

出身は東京です。私は東京の印刷会社で、DTPデザイナーをしていました。
長女を出産してから育休明けで、時短勤務をしていましたが、こちらへ引っ越してくるのを機に、退職しました。
今はフリーのデザイナーをしています。

こちらでの暮らしはいかがですか?

かおりさん

こちらに引っ越してくるときは、私たちはさほど心配はしていませんでした。ですが、親たちの方が心配していましたね(笑)寒くて何もないとこなのに大丈夫か?と。
今の時代はネットで買い物をができますし、不便は感じません。車もあれば、どこへでも出られます。私はこちらに来てから、市内の自動車学校で車の免許をとりました。

来たころは、寒さをしのぐ知恵がなかったのは事実です。白い息を吐きながら、ご飯を食べたり(笑)
でも年々、こうすれば暖かいんだっていうことがわかってきたし、体も寒さに慣れてきました。

圭一さん

倉庫においていたお米がネズミにやられていたり、屋根裏にできていたスズメバチの巣のせいで家の中にスズメバチが発生したり。
サバイバル的な事件がたくさん起きています(笑)
そういうときの対処法は自分で調べたり、近所の人から聞いたりしています。

地域の方との関わりの様子はいかがですか?

かおりさん

来たころは右も左もわからなかったのですが、今住んでいるのが祖父母の家だったこともあり、近所の方は私のことを良く知ってくださっていました。
子どももかわいがってもらったり、大変お世話になっています。

長野でのあるあるだと思いますが、近所の方々が野菜をよく分けてくださいます。
朝起きたら玄関に白菜があったりして。東京じゃないことですよね。
皆そっと置いていってくださるので、どなたがおいてくださっていったのか分からないこともあります(笑)

思ったより、都会的な考えの人が多いので、干渉しすぎる人はいません。
程よい距離感ですね。困ったときはこちらも聞きますし。

人とつながっていると、いろんな機会が生まれて、知り合いも増えてくると思います。
加工施設でのパートのおかげで地元のことも知れたし、近所のママとの地域活性化の活動へもつながっています。

主人も地域にどんどん飛び込んで、溶け込んでいますよ。

圭一さん

裏のおじさんが、「村上くん!年賀状のソフトの使い方教えてくれ!」って聞きに来たりもしましたね(笑)

東御市で働くということについて、どう思われますか?

かおりさん

働く場所は、東京と比べればやはり少ないと思います。特に女性や子育て中の方は。
ですが、保育園の待機児童がゼロなので、子どもを預けながら仕事を探すことはできます。
私の友達でも第2子を出産してから、正社員として就職した人が2人もいます。
本人にやる気があって、自分にスキルがある方であれば、大丈夫だと思います。
会社へ働きに行くのもいいですが、私のまわりでは起業する人が多いような気がします。

圭一さん

僕もそう思います。そういう仕事のしかたができる方が移住されてくるんだと思います。
普通であれば会社に近いところに住んだほうが楽ですよね。
だから、終身雇用を求めていなくて、場所にとらわれない人であれば、やっていけると思います。

子どもさんの様子はいかがですか?

かおりさん

現在、6歳と2歳の娘がいます。たくましくなりましたね。
初めはカエルこわい!なんて言ってたりしたんですが、平気でイナゴをつかまえてきたり、ザリガニ100匹くらい釣ってきて毎日眺めていたり(笑)

気になるのは、歩いていける場所に公園がないんです。まわりの環境が公園みたいな感じではあるんですけれど。
でも子どもは車で出かけたがります。佐久市のこども未来館、小諸市のハローアニマル(長野県動物愛護センター)に行きたいといって、連れて行ったりします。

あと、東御中央公園はいいですよね。
近所にはいない同世代のこどもが遊んでいるので、子どもは気に入っているみたいです。

圭一さん

4月から、上の子は小学生になるのですがまた色々環境が変化してくるのではないかとは思っています。
また、廃品回収や通学路の草刈など保護者の任務もあるみたいです。こういうのは東京だとないですよね。

もっとこうなったらいいと思うことはありますか?

かおりさん

ゴミ捨て場が遠くにあって、我が家も他のご家庭もそうだと思いますが、車でごみを出しに行きます。
お年寄りだけの世帯や、運転ができないなど困っているひとがいるかもしれない。
そういったときに、ゴミ捨て場を増やしてもらうとか、近所の方に手助けしてほしいとか、改善の要望や提案を出しやすい環境があればいいと思います。
そういうところで、暮らしやすさは変わってくるのではないかと思います。

今後、東御市でやっていきたいと考えていることを教えてください。

かおりさん

今、まちもりtomiという団体で活動しています。商品開発を考えたり、ここ(コワーキングスペース)に人が集まったらどんなビジネスが展開できるかみたいな話をしています。
他にも海野宿にある白鳥神社でマルシェを開いたり、映画の上映会などを企画しています。

子育て中の女性の目線で、地域を活性化するイベントを今後も仲間たちと一緒にやって行きたいと考えています。いきいきと活動している姿を子どもたちに見せたいです。

圭一さん

昨年から、信州大学地域戦略センターのプロフェッショナルゼミで「芸術文化の未来学」というコースで、まちおこしの実働部隊としての勉強をしています。
祢津の東町歌舞伎をテーマに、シビックプライドをテーブルの上に出すことができるようなしかけを出していければいいなと思っています。

移住者の方々にひとことお願いします。

かおりさん

どこに住んでも、どこに生きていてもいい時代ですよね。
こういう暮らしをしてみたい、と思ったら動いてみたらいいと思います。
どこにいても色々なことはあります。それに自分がどう対処していくかということです。
死ぬほど困る、っていうことはここではありませんから。どんな変化があっても受け入れられる自分がいれば、大丈夫だと思います。

圭一さん

一生ココにくらすぞ!って気負うと大変。
気負いせず、暮らしていったほうが楽だと思います。


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村上圭一さん(写真家・編集者)
村上かおりさん(グラフィックデザイナー)
2011年11月に移住
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パンを作る小林さん

ここのひとたちとつながっていれば私も何かできる

東御市に来る前は、東京・新島でさまざまなイベントを企画していた小林さん。
ここ東御市でも何かを始められたら、と考えているとのこと。

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東御市への移住のきっかけは。

東御市に来る前は、主人の仕事の都合で新島で14年暮らしていました。
私は埼玉県出身なのですが、主人の出身が佐久市で、ご両親も佐久市にいらっしゃいました。
孫との時間を作るほうが、家族として大事なことなのかなと思い、長野県への移住を決めました。
そのご両親が建てた家が東御市の北御牧地域にあったので、長男が中学校に入るタイミングでこちらに住むこととしました。

新島ではどんなことをしていらっしゃったのですか。

リエゾンコーディネーターとして、様々な島のイベントを企画をしていました。
そういったものを作り上げるためには、みんなで会議したり意見を取り入れたりする必要があるんですけれど、
地元の人が元気だったら、やっぱりいろんなアイデアが出てくるんですよね。

こういった経験をしているなかで、自分自身の手でモノを作り出したいなと感じるようになりました。
そんなとき、孫を見せに来ていた長野で上田市のとあるパン屋さんと出会いました。
そのお店の雰囲気と、パンのかおりが懐かしいと感じて。こういうパンを作ってみたいと思いました。

新島の地域活性化を目指したパン屋をやりたいんです、という手紙をその方に書いて、2ヶ月、研修をさせてもらいました。
新島に戻ってきて、もともと民宿だったところの台所を借りてパン屋を開きました。
3年半くらい、そのパン屋は続けていました。

東御市ではどんなことをしたいと思っていますか。

「地域とつながって過ごしていく」という新島でやってきたスタイルが生きがいだと思っています。
東御市でもそういったことをやっていきたいな、と思っています。

同じようにパン屋をやりたいなと思っているのですが、地域を知らないことには受け入れてもらえないんじゃないかと思いました。
そんなとき、北御牧味の研究会(食品加工をしている施設)で人を募集をしていることを知り、そこで仕事を始めました。
働いている人がほとんど子育てを経験してきている方たちなので、子どもが熱を出してしまったときなんかも
休みを取りやすかったりと、寛大でありがたいです。
そこで出会った方たちに誘われて、地域づくりのワークショップに誘ってもらうようになりました。
ワークショップで出会った人たちは意欲があるひとたちばかりで、ここのひとたちとつながっていれば私も何かできるんじゃないかという気持ちになってきました。

そのなかでも、ここでも地域に根付いたパン屋ができないかなと思っています。
パンっていろんなひとが食べることができるので、人を呼び込むためのアイテムとしてですね。
現在は、八重原プロジェクトという地元の陶芸家の方や起業家の方が集まったプロジェクトにも参加しています。

自分のできる限り動いてみて、本当に動ければラッキーだと思うんです。
逆に、動き出すことができなかったら、今は動くときじゃないんだと思うんです。
自分が動いたことで、出会えた人たちとできたつながりは宝です。動いてみれば、何か得られると思っています。

東御市での暮らしはいかがですか。

四季がとてもはっきりしていると思います。
山や、田んぼを眺めていると本当に癒されます。

ちょっといけば誰かに会える場所があればいいなはと思います。
みんな車でどこかに行ってしまうので。特に若い人・子育て世代の方は車で地域外に出てしまうので。

子育てはいかがですか。

現在、中1、小5、年少の息子がいます。

保育士さんは、お母さん目線で声をかけてくれるので安心して預けることができます。子育てを応援してくれている、と感じることができます。
電話一本で預ける時間を延ばしてくれたり、土曜保育もあります。

私たちが暮らしているところは、少し小中学校から離れています。
中学生の息子は、途中まで自転車でいってそこから歩いて、小学生の息子は、近所の子と45分くらい歩いて通っています。
帰りは児童館で待っていて、そこに迎えに行ったりすることもあります。

もう少しこうなったらいいなと思うところはありますか。

芸術むら公園がもっと活用されれば良いなと思います。芝生のひろばはとてもきれいなので。

この北御牧・八重原地域は下には夜景があって、上には星空が見える。
そういったところに人が集まってくれるといいな、と思っています。


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小林 麻美さん
2015年3月に東京・新島から移住
ご主人・息子さん3人

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